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東京高等裁判所 平成8年(ネ)873号 判決

控訴人(原告) ホクト産業株式会社

被控訴人(被告) 志賀高原農業協同組合

主文

一  本件控訴を棄却する。

二  控訴費用は控訴人の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  控訴人

1  原判決を取り消す。

2  被控訴人は、別紙目録(一)及び(二)記載の各種菌を、有償で譲渡し、又は、有償で譲渡する目的をもって生産してはならない。

3  被控訴人は、控訴人に対し、金一億一九九七万五五六〇円及びこれに対する平成三年一月一日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

4  訴訟費用は、第一、二審とも被控訴人の負担とする。

5  仮執行宣言

二  被控訴人

主文と同旨の判決

第二請求の原因

一  控訴人は、別紙(四)記載のとおりの品種登録に係るえのきたけ(以下「本件登録品種」又は「M-五〇」という。)の品種登録者である。

二1(一) 本件登録品種の品種登録簿には、当該植物体の重要な形質に係る特性として、別紙(五)のような記載がある。

(二) 右(一)に記載されたM-五〇の各特性は、農水省農蚕園芸局の昭和五四年度種苗特性分類調査事業の調査委託により行われ、昭和五五年三月全国食用きのこ種菌協会により公表された「昭和五四年度種菌特性分類調査報告書きのこ(えのきたけ)」の品種の審査基準の各項目に対応するものであって、種苗法一条の二第四項にいう「重要な形質に係る特性」を構成するものである。

2 種苗法一二条の五(品種登録の効力)にいう登録品種の植物体の全部又は一部といえるか否か(以下「同一性」ともいう。)は、ある品種の栽培において、

〈1〉従来栽培している方法とは著しく異なる栽培方法による品種、

〈2〉従来の品種の形態とは見た目が異なる、あるいは品質が異なる品種、

〈3〉従来の品種とは遺伝的な因子の存在が異なる品種、

と判断される場合に、異品種と扱うべきである。

3(一) すなわち、もともと同一性の判断においては、いかなる根拠・理由で何を基準として重視すべきか、基準とされたものにどの程度の差異があると重視されるのかが必ずしも明らかにされていないことに困難性があるが、新品種保護の目的からすれば、従来存在している品種の栽培において、自殖又は栄養増殖の過程で、通常相当程度の発生を見込むことができる栽培条件、きのこの形態、品質、温度対応性等の変化の枠内では、品種の同一性を肯定すべきであり、これらにつき通常予測できないような著しい変化を生じた場合には、従来の品種とは異なる遺伝因子を有する場合と同じく、異品種として扱うべきである。

なお、遺伝的因子が異なることで、栽培方法、形態、品質、温度対応性が必ずしも変化するわけではないが、異なる遺伝的因子を有する以上、同一性がないものとすることも、科学的な基準を品種の一つの要素として入れる以上、やむを得ない選択と考える。

(二) 種苗法一条の二第四項(品種の定義)が、重要な形質に係る特性において十分に類似していること、と規定していることは、同一品種であっても、重要な形質に係る特性において変異する幅があることを意味しており、特性が完全に一致することを要求するものではない。

(三) 前記調査報告書(甲第二号証)は、品種の審査の対象となる育種方法については、交雑育種のものを対象とすることとし、登録の品種のセルフ(品種内交配)による場合は対象外としているのであり、元来、品種内交配すなわち自殖交配によるものは、新しい品種とは認めないのが原則である。

亀倉-五、亀倉-七が自殖交配であるにもかかわらず新品種として認められた理由は、明確ではないが、親品種とは形態的特性の菌柄の接着度が異なる等の理由が考えられる(乙第一〇号証)。

(四) また、寒天培地上の菌糸の最適生長温度の点での差異は、考慮されるべき要素の一つにすぎず、右温度の点だけで区別しているものはない。

(五) 第八四回国会における農産種苗法の一部を改正する法律案に対する衆議院農林水産委員会の附帯決議は、その六項において、民間の個人による育種が農業の発展に寄与してきたこれまでの功績を評価し、国がその助長に努め、「無性繁殖等の新品種については、品種登録者の許諾なく不当に増殖販売されることのないよう制度の趣旨徹底、運営の適正化に努めること」とし、参議院農林水産委員会の附帯決議は、その七項で、「無性生殖等の新品種については、品種登録者の許諾が行われずに増殖譲渡されることがないよう、品種登録者の効果の適正な確保・運用に努めること」とされている。このような決議は、日本農業のきのこ栽培の実態が、他人の作り出したきのこを増殖し、別の新しいものとして生産販売してきていることが多い等の実態を踏まえてされたものである。

また、国際的な動向も、新UPOV条約では、「従属の原則」が国際的にも強化の方向に向かっている(甲第六八号証)。

三  山ノ内町農業協同組合(従前の被告。以下「本件農協」という。)は、平成二年三月一日、山ノ内種菌センター(山ノ内町菌茸類種苗生産組合が名称変更されたもの。以下、変更の前後を問わず、「本件種菌センター」という。)を合併してその権利義務を承継した。

被控訴人は、平成七年九月一日、本件農協と山ノ内町平穏農業協同組合とが合併して設立された農業協同組合であり、右合併により本件農協の権利義務を承継するとともに、本件訴訟手続を受継した。

四1  本件種菌センター、これを承継した本件農協及び更にそれを承継した被控訴人は、遅くとも昭和六三年ころから、別紙目録(一)記載の種菌(以下「夜間瀬一号」という。)を増殖し、これを種苗として栽培農家に販売している。

2  本件種菌センター、これを承継した本件農協及び更にそれを承継した被控訴人は、遅くとも昭和六三年ころから、別紙目録(二)記載の種菌(以下「TK」という。)を増殖し、これを種苗として栽培農家に販売している。

五1  次の事実を総合すれば、夜間瀬一号とTKは全く同一であり、夜間瀬一号及びTKは、M-五〇(本件登録品種)の自殖交配の結果による品種であり、M-五〇と同一性を有すると認めるべきである。すなわち、

(一) 夜間瀬一号及びTKは、M-五〇の種菌が提供された後間もなく、提供先近辺に居住する栽培農家から変異株が発見されたとして、被控訴人又は長野県野菜花き試験場に持ち込まれたものであり、育成の過程に疑問がある。

(二) 着色しない形質を有する固定品種のえのきたけは、M-五〇が初めてのものであり、画期的な品種であった。M-五〇と夜間瀬一号及びTKとは、M-五〇の特色を決定づけた純白系品種として同一であり、同一の栽培条件で実用品種とされている。

(三) 自殖交配ならば、親の形態的に関する遺伝子をすべて有するため、温度特性による違いはあるとしても、基本的な栽培条件及び形態的特性は同じとなる。M-五〇と夜間瀬一号及びTKは、これらの点で基本的に同じであり、特に子実体であるきのこの段階では、三者を外見上区別できない(甲第二八号証)。

(四) M-五〇の自殖株の中から、通常の方法で夜間瀬一号及びTKと同じ温度特性を有する菌株を選抜できる(甲第一六号証)。

(五) 自殖による場合、交配型因子の構成が逆になる場合が二分の一の確率で生ずる。そうすると、少なくとも夜間瀬一号及びTKがA1B1A2B2の交配型範囲を有するきのこ(M-五〇もその一つである。)の交配(自殖もその一例)によって発生したことは、明らかである。

(六) きのこの品種の同定に用いられるエステラーゼ・アイソザイム分析において、バンドの数及び位置が一致する。

エステラーゼ・アイソザイム分析は、シイタケの菌株の同一性の判断に有用であると学会誌(甲第一七号証)に報告されている。右分析は、遺伝的な微細な差異を発見するものであり、そのバンドパターンが一致すれば、自殖交配であるという客観的かつ学問的知見が確立しているとはいえない。しかしながら、甲第一七号証の報告がされて一〇年ほど経過しても、右論文の結論に疑問を投げかける文献や研究報告は存在しないのであるから、右結論を現在のところ同じ菌であるえのきたけ種菌の同定、識別に利用することが、科学を前提とした判断である。

エステラーゼは、えのきたけに含まれる多数(一〇〇〇種以上)の酵素の一つであるから、この一つが同一であるからといって、他の酵素も同じであるということはできない。ただ、前記甲第一七号証の論文では、シイタケではバンドパターンは「四〇株全てで異なっていた」のであり、人間におけるA、B、O式による血液型の区別よりははるかに細かい区別ができる方法である。

長野県野菜花き試験場が関与して作成された書物(甲第四七号証二五三頁)においても、母菌の同一性の検定にアイソザイム分析を利用している。

(七) これに対し、被控訴人の主張する上小新二号から夜間瀬一号のような品種が生じる確率は、ほとんど無視してよいほどの確率でしかない(甲第三号証五頁)。

2(一)  被控訴人は、長野県野菜花き試験場の試験結果(乙第一号証の一ないし三、第二号証の一、二、第三号証)においてバンド染色の濃淡の相違等があると主張するが、エステラーゼ・アイソザイム分析において、バンド染色の濃淡は、菌糸の培養日数、培地組成の違い等の後天的、環境的要因の影響を受けるため、判別の根拠としないことが学会の共通常識とされている(甲第三及び第五号証)

(二)  被控訴人は、長野県野菜花き試験場の試験結果に基づきM-五〇と夜間瀬一号との比較を行っているが、M-五〇の品種特性は、種苗登録の際に提出した特性こそが基準とされるべきである。M-五〇の品種登録簿(甲第一号証)によれば、寒天培地上の最適生長温度は二五℃とされている。

(三)  また、長野県野菜花き試験場は、昭和六二年五月から昭和六三年三月にかけて、M-五〇は夜間瀬一号とは別品種である旨の判定を下していたものであり、同試験場の試験結果は、公正な立場からの試験とはいえない。

(四)  さらに、長野県野菜花き試験場の試験は、五度刻みのものであり一度刻みの試験をしていないから、方法として失当であり、その結果も信用性に欠ける。測定に使用された機器の違いによっても、二度程度の温度差は生じてしまう。

また、その温度条件は、設定可能な多くの温度条件からただ一つの温度条件の選択によって行われた結果であり、温度条件の影響を受けやすいきのこの場合、客観的な結果が出るとはいえない。

(五)  そして、長野県野菜花き試験場の試験結果によっても、M-五〇と夜間瀬一号との温度特性の差は約摂氏二度である。その他の違いも、ほとんど温度特性が二度違うことから派生するものにすぎない。

すなわち、長野県野菜花き試験場の試験結果も、審査基準(甲第二号証)の選択肢で選択し、かつ、M-五〇系統と夜間瀬一号系統をそれぞれ平均化すれば、両系統が同一の選択肢で選択する項目が多数となり、異なる選択肢となるのは、〈1〉菌かきから原基形成までの期間、〈2〉有効茎数、〈3〉収量の三点にすぎない。右三点が異なったのは、要するに、培養段階の期間設定及び温度設定に原因があったのである。控訴人試験(甲第二八号証)のように、種菌の培養期間を設定し、かつ、本培養において、審査基準どおりの温度設定が維持されているならば、菌かきから原基形成までの期間、有効茎数、収量の点についても、M-五〇と夜間瀬一号の両者で同一の選択肢が選択されたことは、明らかである。

控訴人試験(甲第二八号証)は、長野県野菜花き試験場の試験結果よりも、種菌培養の期間が合計七、八日長い。審査基準は、この期間について何も示していないが、もし種菌それ自体が十分培養されるまでの必要な期間を設定しなければ、本培養の培養も培養が十分でないため、子実体も十分生育しなくなる。また、おがくず培地における種菌培養温度は、長野県野菜花き試験場の試験では二〇度(プラスマイナス一度)であり、控訴人試験では一七度である。種菌培養の温度について、審査基準は何も示していないが、温度が低ければ培養に必要な日数は延びることになる。

本培養(子実体の形成段階)の設定温度は、長野県野菜花き試験場の試験では一八度から二〇度、控訴人試験では一八・五度から一九・五度であり、控訴人試験の方がやや低めである。審査基準では、二〇度プラスマイナス二度となっており、いずれも基準内の設定である。

控訴人試験では、審査基準の示すとおり、一試験区一五本であり、同時に同一培養室で栽培しているビン数は三系統合計四五本である。一ブロック一五本で三回繰返し(甲第二号証審査基準二頁)とは、文字どおり、三回繰り返すことを意味する。被控訴人の主張のように、三ブロック同時実施ならば、端的に「一ブロック一五本で三ブロック実施」とすれば足りる。

他方、長野県野菜花き試験場の試験では、一試験区一六本を各系統について三ブロック同時に栽培し、六系統を同一の培養室で培養しているから、同時に二八八本存在し、さらに、約二〇日間は二回目の本培養と重なっているため、その間は五七六本のビンが存在していたことになる。このことは、不可避的に発生する熱、炭酸ガス等により設定温度の管理がかなり困難であったことを示すものである。

栽培ビンを入れたコンテナの並べ方も、長野県野菜花き試験場の試験では二段積みである。控訴人試験では、コンテナは重ねずに並べている。そうすると、いかに一二日目で天地返しをしても、各ブロックにある各培養ビンの生育環境条件の差が多く発生することになる。

長野県野菜花き試験場の試験では、五頁(乙第二号証の一)で試験項目を審査基準に準拠し正確に挙げているが、その他では同基準に即した表示及び分かりやすい対比をしていない。他方、控訴人試験では、同基準に即した表示及び明確な対比を行っている。

(六)  仮に、温度特性が異なるとしても、実際の栽培において栽培農家が採る温度等の栽培条件は、M-五〇も夜間瀬一号も同一である(甲第一三ないし第一五号証)。

(七)  遺伝的特性での判断に用いられる菌叢の濃淡差に有意差が認められるといっても、同一菌株にも差があることから見ても、培養条件の差としている学者もおり(甲第二四号証)、必ずしも重要な差とはいえない。なお、純白系品種相互では、菌叢の濃淡差が区別性に用いられている登録品種はない。

六1  種苗法一二条の五第一項三号は、品種登録者以外の者が業として固定品種である登録品種の植物体と他の固定品種の植物体とを交雑させて得られる種子又は胞子を種苗として有償譲渡すること等を禁止しているところ、右条項の存在はその当然の前提として、交雑する親品種が同一でかつ登録品種である場合には、親品種の登録により、制限されることを予定していることが明らかであるから、えのきたけにおいて、登録品種の自殖交配により品種の育成が行われた場合には、固定品種育成者の保護という右規定の趣旨がより強く妥当するから、登録品種の自殖交配により育成された品種については、品種としての同一性を問わず、その種菌を当該登録品種の品種登録者以外の者が栄養生殖によって増殖し有償譲渡することは右規定により禁止されると解すべきである。

すなわち、登録品種と登録品種、登録品種と未登録の固定品種、いずれも未登録の固定品種(登録品種の場合と同じように、自殖とそれ以外の交雑がある。)同士の交配によって得られたものは、交雑品種である。ただ、その交雑品種は、栄養生殖によって培養拡大し維持されるから、品種登録の際には、固定品種として扱われるだけである。

被控訴人の主張によれば、自殖交配によって得られた交雑品種であって、多少とも親品種と特性が異なっていれば、その親品種が登録品種でも種苗法一二条の五第一項三号による規制を受けないこととなるが、栄養生殖する植物体については、一代雑種につき、種子により繁殖する植物体と比較して大幅に保護される範囲が減少してしまうこととなるが、そのことを正当化する実質的根拠はない。

2  夜間瀬一号及びTKが本件登録品種を自殖交配させた結果育成されたことは、前記五に記載のとおりである。

七  控訴人は、別紙目録(三)記載のとおり、本件種菌センター及びこれを承継した本件農協の行為により損害を被った。

八  よって、控訴人は、被控訴人に対し、

(一)  種苗法一二条の五第三項に基づき、夜間瀬一号及びTKの各種菌の有償譲渡及び有償譲渡を目的とする生産の差止め、並びに、

(二)  不法行為に基づく損害賠償の一部請求として損害金一億一九九七万五五六〇円及びこれに対する不法行為の後である平成三年一月一日から支払済みまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

第三請求の原因に対する認否及び反論

一  認否

1  請求の原因一は認める。

2  同二1(一)は認め、(二)は争う。同2は争う。同3は争う。

3  同三は認める。

4  同四1のうち、本件種菌センター及びこれを承継した本件農協が夜間瀬一号を増殖し、これを種苗として栽培農家に販売していたことは認め、その余は争う。

同四2のうち、本件農協がTKを増殖し、これを種苗として栽培農家に販売したことは認め、その余は争う。

5  同五ないし七は争う。

二  請求の原因二に対する反論

1  種苗法一条の二第四項は、固定品種とは、同一の繁殖段階及び異なる繁殖の段階に属する植物体のすべてが、〈1〉重要な形質に係る特性(以下単に「特性」という。)において十分に類似していること、〈2〉一又は二以上の特性によって他の植物体と明確に区別されること、と定義し、同条五項は、農林水産大臣は右重要な形質を定め、これを公示すると規定している。えのきたけは、種苗法施行規則一条別表により「しいたけ等」に区分されているところ、右規定を受けた「種苗法の規定に基づく重要な形質」(昭和五三年一二月二七日農林水産省告示第六〇二号)において、〈1〉菌さん及び菌しゅうの形・色等、〈2〉菌柄の形等、〈3〉子実体の発生時期・温度適応性等、〈4〉乾物率及び収量性、が定められている。

右に示されている「一又は二以上の特性」によって他の植物体と明確に区別されれば、それは異品種ということになる。

2  控訴人は、自殖交配により育成されたものは新しい品種と認められない旨主張するが、そのように解すべき根拠はない。

亀倉-五及び亀倉-七は、いずれも登録品種である中野JA同士を自殖交配して育成された品種であるが、種苗法により現に登録がされている。

控訴人の主張する調査報告書(甲第二号証)の「登録品種のセルフ(品種内交配)による場合は、対象外とした。」との記載は、既に抹消されている。

3  最適生長温度は、重要な特性である。すなわち、登録品種を見ても、最適生長温度は、二二度から二五、六度の範囲にあり、その中での二、三度の違いは大きな違いとなる。ホクトM-七〇(寒天培地上の菌糸の最適生長温度二二度)は、登録に際してのM-五〇(同二五度)との区別性につき、最適生長温度が低い点が挙げられている(乙第六号証の七)。

ホクトM-八〇(寒天培地上の菌糸の最適生長温度二五ないし六度)、大分きのこ研-二三〇一(同二五度)及び大分きのこ研-二三〇二(同二五度)についても、いずれもホクトM-七〇との区別性につき、最適生長温度が高い点が挙げられている(乙第八、第九号証)。

三  請求の原因五に対する反論

1  夜間瀬一号は、下高井郡山ノ内町においてえのきたけの栽培を行っている畔上春一が、「上小新二号」栽培中の昭和六一年一一月下旬、未接種のまま培養室に放置してあったビンのうちに菌が繁殖し始めているビンを発見し、これよりきのこを発生させたところ、「上小新二号」とは異なり、また当時の他品種とも形質の異なるえのきたけが収穫できたため、本件種菌センターに持ち込み、同所で組織分離、選抜、育成されたものである(甲第一〇、第一四、第一五、第二〇号証)。なお、この当時、同人は、M-五〇の栽培は全く行っていない。

2  長野県野菜花き試験場は、公的機関であり、えのきたけの研究水準としてはトップクラスにあり、また、同試験場で試験を行うことは本件控訴人及び被控訴人の合意によるものであり、その供試体も、当事者立会いの下各三系統が用いられているものであり、長野県野菜花き試験場の試験結果(乙第一号証の一ないし三、第二号証の一、二、第三号証)は信用性がある。同試験結果によれば、M-五〇と夜間瀬一号とは、温度適応性のほか、子実体の発生に要する期間、収量性等、告示「種苗法に基づく重要な形質」に掲げられた多くの諸要素において本件登録品種と異なっている。すなわち、

(一) M-五〇の寒天培地上の菌糸の最適生長温度は二〇度寄りにあるのに対し、夜間瀬一号のそれは二五度寄りにあると推定される(乙第一号証の一第一三ないし二二頁)。

控訴人は、M-五〇の品種登録簿(甲第一号証)の記載を重視すべきである旨主張するが、長野県野菜花き試験場の試験結果は、M-五〇と夜間瀬一号につきそれぞれ培養経過の異なる三種類の供試材料(乙第一号証の一第四頁)により実施され、同一品種内の右三菌株は菌糸伸長速度のピーク温度も各温度におけるパターンもともに同一であるのに対し、両品種の比較においてはこれらが明らかに異なっているものである(前同一五、一六頁)。これに対し、控訴人の主張は、単に登録内容によるというのみである。しかも、えのきたけは生物であるから、同一の菌糸を同一の温度条件で培養しても全く同じ速度で伸長するわけではない。厳密な比較としては、同一条件の下で実際に両品種につき試験をして比較してみなければならないのである。

また、控訴人は、五度刻みの試験でないことを不当と主張するが、五度刻みの試験で差異が認められるならば、一度刻みでないことは非難の理由とはなり得ない。

(二) 寒天培地上の菌糸の生長速度は一〇度から三〇度の各温度において、夜間瀬一号の方がM-五〇より速く、培養温度、菌糸生長の最適曲線は、両品種間で明らかに異なっている(前同)。

(三) このような温度特性の違いは、栽培的特性としての菌回り日数にも大きな差を生じさせ、審査基準に準拠した試験結果では、夜間瀬一号は一九ないし二〇日であるのに、M-五〇は更に長く、調査期間中に菌回りは終了しなかった。このため、結果欄には日数は掲げられていない(乙第二号証の一第七頁第1表)。

また、菌回りについて、M-五〇は高温障害の特徴であるまだら様の菌回りをするため、同結果欄に「否」と記されているのに対し、菌回りの正常な夜間瀬一号は「良」となっており、この点も両者を容易に識別できる明らかな特徴として、従来から栽培者の間で認められていた。これらの結果は、写真で見た場合歴然としている(乙第二号証の二の写真1ないし10)。

(四) M-五〇は温度に敏感な品種であり、栽培実験上も実際の栽培上も、夜間瀬一号との違いは歴然としている。

(五) さらに、子実体の発生に要する期間についても、菌かきから原基形成を経て収穫に至る日数は両品種で明確に異なり、そもそも原基形成率に大きな差が認められる(乙第二号証の一第七頁第2表、乙第二号証の二写真11以降)。

(六) また、収量性については、試験結果による一ビン当たりの収量は、夜間瀬一号はM-五〇の二倍近く、有効茎数における差はそれ以上である(乙第二号証の一第八頁第3表)。

しかも、右収量は、収穫できたビンのみに関する比較であり、M-五〇は収穫できたビン自体がわずかであるため、収穫不能ビン率(前同七頁第2表)をも考慮に入れると、一作当たりの両品種の収量差は更に大きくなる。

(七) さらに、遺伝的特性では、夜間瀬一号とM-五〇の対峙培養において、菌叢の濃淡差が認められた旨記載されている。

シナノ三号については、R2との対峙培養において菌叢の濃淡差が認められる点が特記されており(乙第六号証の四)、菌叢の濃淡差は同一性の判断に当たり重要な点である。

3(一)  控訴人は、「一ブロック一五本で三回繰返し」(甲第二号証審査基準二頁)の意味を、一回一五本で試験し、これを三回行うことの意味であると主張するが、そのように解すると、「一ブロック」の概念が意味を持たなくなってくる。「繰返し」とは、統計学上の概念であり、一ブロック一五本のものを三ブロック設けることを意味する。この方法により、ブロック内の一五本相互と、ブロック間の有意差を比較するものである。機会を別にすれば条件が異なってくるため、統計的処理、検討ができなくなる。

しかも、ビンの本数が多くなっても、温度調節は適切に行われたものである。

(二)  控訴人が長野県野菜花き試験場の試験結果を批判する根拠とする控訴人の試験結果(甲第二八号証)は、M-五〇の品種登録簿の記載とも異なるし、当事者である控訴人か一方的に行い、遺伝的特性及び生理的特性に関する部分が全面的に欠落しているなど信用性がない。

4  これまでに品種登録されたえのきたけ(被控訴人の原審平成七年八月三一日付け準備書面別表参照)のうち、シナノブラウン及びシナノ三号を除くすべてが純白系である。M-五〇は子実体形成後、光照射下で生育させても着色しないという一つの形質だけで存在が知られているすべての品種と明確に区別されたものであるとは到底いえない。

5  えのきたけの栽培品種は、そのほとんどが信濃一号から変遷してきているため、交配型因子はA1B1A2B2とA1B2A2B1の二種類しかないのであり、交配型が右の二つのうちいずれかであるかは、特別の意味はない。

6(一)  栽培上又は品質上重要な特性とエステラーゼ・アイソザイム分析の結果とは通常直接結びつかない。また、アイソザイム分析は、審査基準の項目にも掲げられておらず、また、特性の違いの有無という種苗法の品種異同の判断基準がアイソザイム分析の結果により左右されるものでもない。

(二)  アイソザイム分析は、長野県野菜花き試験場の試験(乙第一号証の一)においても行われており、高分子量側のバンド位置の差及びM-五〇の高分子量帯域での黒く染色された部位の発現という差異が生じている(乙第三号証A2〈2〉、〈3〉)。

四  請求の原因六に対する反論

1(一)  種苗法一二条の五第一項一号、三号の規定の解釈上、〈1〉登録品種の植物体を育種素材として利用して別の品種を育成すること及び育成された別の品種を有償譲渡することは自由にできる。〈2〉例外として、一代雑種の種子を生産するためにその親として登録品種の植物体を利用するときは、その一代雑種の種子の有償譲渡等に品種登録の効力が及ぶ。しかし、えのきたけは、固定品種であるから、そもそも交雑品種についての〈2〉の例外にはなり得ず、〈1〉の原則によるのである。

(二)  交配によって得られたものは、交雑品種であるとの控訴人の主張は、種苗法の定義する交雑品種を誤解するものである。種苗法にいう交雑品種は、一代雑種と呼ばれる品種で、特性の異なる両親の間の子の特性が、各々の親の特性よりも強いものとして現れる雑種強勢を利用した品種であるから(乙第四号証二七頁)、親がなければ種苗としてその後の繁殖ができないものである。すなわち、種苗法は、交雑品種と固定品種について、その品種がどのようにして育成されるかではなく、どのようにして増殖されるかに着眼して定義構成されているのである。

2  夜間瀬一号及びTKが本件登録品種の自殖交配により育成されたものでないことは前記のとおりである。

第四証拠関係〈省略〉

理由

一  請求の原因一(控訴人がM-五〇の品種登録者であること等)、同二1(一)(品種登録簿の記載)は、当事者間に争いがない。

二1  請求の原因三(被控訴人の地位)は、当事者間に争いがない。

2  請求の原因四1(夜間瀬一号の販売)のうち、本件種菌センター及びこれを承継した本件農協が夜間瀬一号を増殖し、これを種苗として栽培農家に販売したことは、当事者間に争いがない。

また、請求の原因四2(TKの販売)のうち、本件農協がTKを増殖し、これを種苗として栽培農家に販売したことは、当事者間に争いがない。

3  弁論の全趣旨によると、本件農協及びこれを承継した被控訴人は、夜間瀬一号及びTKを増殖してこれを種苗として栽培農家に販売していることが認められる。

三1  種苗法一二条の五第一項一号は、品種登録者以外の者が登録品種の植物体の全部又は一部を種苗として有償譲渡する等の行為を禁止しているが、ある植物体が特定の登録品種に属するか否か、すなわち植物体間の品種としての同一性が認められるか否かを判断するに当たっては、種苗法一条の二第四項にいう、一又は二以上の重要な形質に係る特性によって他の植物体と明確に区別されることという区別性の要件を判断する必要がある。

種苗法一条の二第五項は、農林水産大臣は右重要な形質を定め、これを公示する旨規定している。えのきたけは、種苗法施行規則一条別表により、植物の種類の「しいたけ等」に区分されているところ、右規定を受けた「種苗法の規定に基づく重要な形質」(昭和五三年一二月二七日農林水産省告示第六〇二号)において、〈1〉菌さんの形、菌さんの大きさ、菌さんの色、菌さんの厚さ、菌さんの肉質、菌しゅうの形、菌しゅうの色、菌しゅうの並び方、菌しゅうの幅及び菌しゅうの密度、〈2〉菌柄の形、菌柄の長さ、菌柄の太さ、菌柄の色及び菌柄の肉質、〈3〉子実体の発生時期、子実体の発生型、温度適応性、子実体の発生に要する期間及び培地適応性又は厚木適応性、〈4〉乾物率及び収量性(ただし、えのきたけについては、乾物率は問題とならない。)が定められている。

さらに、原本の存在及び成立につき争いのない甲第二号証、原審証人中村公義の証言並びに弁論の全趣旨によれば、右「種苗法の規定に基づく重要な形質」を更に詳細にかつ具体化したものとして、農水省農蚕園芸局の昭和五四年度種苗特性分類調査事業の調査委託により、全国食用きのこ種菌協会によって行われ、昭和五五年三月公表された「昭和五四年度種菌特性分類調査報告書きのこ(えのきたけ)」(甲第二号証)の審査基準があり、種苗登録の実務は、この審査基準に則って行われていることが認められる。

そうすると、ある植物体が種苗法一二条の五第一項一号の登録品種の植物体の全部又は一部に当たるかは、右「種苗法の規定に基づく重要な形質」及び右審査基準に掲げられた項目の相違の有無及び程度を総合して判断するほかはない。

2  控訴人は、自殖交配により育成されたものは新しい品種とは認めないのが原則である旨主張するが、控訴人が主張する調査報告書(甲第二号証)自身、「また、審査の対象となる育種方法については、交雑品種のものを対象とすることとし、登録品種のセルフ(品種内交配)による場合は、対象外とした。」と記載しているのみで、その記載自体が自殖交配により育成されたものを原則として新しい品種と認めないことの根拠となるとは解し得ないし、原審証人稲冨聡の証言(第一回)により真正に成立したものと認められる甲第三号証(六頁)及び弁論の全趣旨によれば、右記載自体、現在では削除されていることが認められ、他に自殖交配により育成されたものを除外し、これを新品種とは認めないとの点を認めるに足りる的確な証拠はないから、控訴人の右主張は採用できない。また、控訴人は、新品種保護の目的からすれば、従来存在している品種の栽培において、自殖又は栄養増殖の過程で、通常相当程度の発生を見込むことができる栽培条件、きのこの形態、品質、温度対応性等の変化の枠内では、品種の同一性を肯定すべきであり、これらにつき通常予測できないような著しい変化を生じた場合には、従来の品種とは異なる遺伝因子を有する場合と同じく、異品種として扱うべきである旨主張するが、その意味が、自殖交配により育成された場合は異品種と認められる場合を他の場合よりも限定して解すべきであるとの主張であれば、現行種苗法上そのように解すべき根拠はないから、控訴人の右見解は採用できないといわなければならない。

また、控訴人は、科学的な基準を品種の同一性判断における一つの要素とすべきである旨主張する。確かに、科学的な研究の進展がえのきたけ等の遺伝的因子等の判断を容易にしているものであり、これらの研究成果も可能な限り品種の同一性の判断に取り入れることは望ましいことではあるが、種苗法が、飽くまで「重要な形質に係る特性」によって区別性を判断する建前を採っていること(一条の二第四項)、さらに、科学的な研究が表面に顕れた特性と遺伝的因子とのつながりをすべて解明しているわけではないと認められることに照らすと、科学的な基準は飽くまで特性によって区別性を判断するに当たり、補助的な位置を占めるものと解さざるを得ない。

四  種苗法一二条の五第一項一号に基づく請求について

1  夜間瀬一号について

(一)  原審証人中村公義の証言並びにこれにより真正に成立したものと認められる乙第一号証の一ないし三、第二号証の一、二及び第三号証によれば、長野県野菜花き試験場の試験結果は、以下に記載するM-五〇と夜間瀬一号との品種比較試験の結果を踏まえて、M-五〇と夜間瀬一号は異品種であると判断していることが認められる。

(1)  遺伝的特性

(a) 寒天培地による対峙培養において、帯線形成、嫌触反応は、グループ内あるいはグループ間で無か弱であったが、菌叢の濃淡差は、M-五〇グループと夜間瀬一号グループとの間において、中ないし強であった。

(b) アイソザイム分析(非特異的エステラーゼ)において、M-五〇グループと夜間瀬一号グループとの間においては、一部バンド幅にブロード・タイトの違いが見られるものの、類似した泳動パターンが示された。しかし、高分子量側の一部のバンド位置に差が認められた。両グループとも、高分子量帯域で黒く染色された部位が現れ、特にM-五〇グループで顕著であった。

(c) 交配型検定において、M-五〇グループの交配型は、A1B1A2B2と考えられたが、夜間瀬一号グループの交配型は、A2B1A1B2と考えられた。

(2)  生理的特性

(a) 菌糸の生長に関する温度特性において、菌糸生長速度は一〇ないし三〇℃の各温度において、夜間瀬一号グループのほうがM-五〇グループより速く、そのピークは、M-五〇グループは二〇℃、夜間瀬一号グループは二五℃であった。菌叢表面及び裏面の色は、いずれも無であり、気中菌糸の発達程度はいずれの菌株も普通であった。

(3)  栽培的、形態的特性

(a) 菌糸伸長率は、M-五〇グループより夜間瀬一号グループが高く、特に接種後一五日目ではM-五〇グループの菌糸伸長率が低下し、両者の差が拡大した。

(b) 菌回りは、培養二〇日目で夜間瀬一号グループは完了したのに対し、M-五〇グループでは完了しなかった。

(c) 伸長菌糸濃淡は、M-五〇グループが「濃」で、夜間瀬一号グループは「やや濃」であった。また、種菌菌糸の強弱は、M-五〇グループが「やや弱」、夜間瀬一号グループが「やや強」であった。

(d) 菌床の色、硬度は、M-五〇グループが淡褐色でやや軟らかい状態であったのに対し、夜間瀬一号グループは褐色で中程度であった。

(e) 菌かきから原基形成までの期間は、M-五〇グループが一六ないし一七日間、夜間瀬一号グループは七日間であった。(以下、一回目、二回目試験の菌株間の平均値で示す。)

(f) 原基形成率及び良否は、M-五〇グループが一九ないし二五%で「否」、夜間瀬一号グループが一〇〇%で、「中~やや良」であった。

(g) 接種から収穫までの日数は、M-五〇グループ五六ないし五八日、夜間瀬一号グループが四七ないし五〇日であった。

(h) 収穫ビン率は、M-五〇グループが一九ないし二七%、夜間瀬一号グループが九六ないし一〇〇%であった。

(i) 収量は、M-五〇グループが五三ないし五六g、夜間瀬一号グループが一〇八ないし一〇九gであった。

(j) 菌柄長は、M-五〇グループが一〇・八cm、夜間瀬一号グループが一三・〇ないし一三・四cmであった。

(k) 菌柄太、菌傘の大きさは、両グループ間に差は認められなかった。

(l) 菌傘、菌柄、菌柄基部の色は、両グループ間に差が認められなかった。

(m) 水キノコの発生率は、M-五〇グループが〇ないし三%、夜間瀬一号グループが一二ないし二七%であった。

(n) 茎数は、M-五〇グループが一六三ないし一七一本、夜間瀬一号グループが四六八ないし四六九本であった。

(o) 株の開張度、菌傘断面は、両グループ間に差が認められなかった。

(p) 子実体の揃いは、M-五〇グループが「否ないしやや否」、夜間瀬一号グループが「中」であった。

(q) 菌柄の分岐程度は、M-五〇グループが「やや少」、夜間瀬一号グループが「中」であった。

(r) 菌柄の接着程度は、M-五〇グループが「やや少」、夜間瀬一号グループが「中ないしやや多」であった。

(s) 菌柄のねじれの程度、断面の形は、両グループ間に差は認められなかった。

(t) 奇形は、両グループとも発生した。

(u) 屈折計示度は、M-五〇グループが九・二ないし九・七、夜間瀬一号グループが七・二ないし八・〇であった。

(4)  結論

以上の結果、遺伝的特性試験(対峙培養、アイソザイム分析、交配型検定)から、M-五〇グループと夜間瀬一号グループは同一ではないと考えられた。

生理的特性(菌糸生長速度及び温度ピーク)では、M-五〇グループと夜間瀬一号グループの差は大きく、両者は異品種と考えられた。

栽培的、形態的特性では、多くの点でM-五〇グループと夜間瀬一号グループの差が認められ、中でも菌回り日数、生育日数及び収量の差は大きく、両者は異品種と考えられた。

総合的にみて、M-五〇と夜間瀬一号は異品種と判断された。

(二)  控訴人は、右長野県野菜花き試験場の試験結果の信用性を争うが、控訴人の批判する点を考慮しても、菌叢の濃淡差、エステラーゼ・アイソザイム分析におけるバンド位置の差、交配型の違い、温度特性の違い等の点で相違点が残るといわなければならない。すなわち、

(1)  控訴人は、長野県野菜花き試験場の試験結果は、設定可能な多くの温度条件からただ一つの温度条件を選択して行われた結果であり、温度条件の影響しやすいきのこの場合、客観的な結果が出るとはいえない旨主張する。確かに、ある温度条件の下では、両者間の差が強く生じ、他の温度条件では両者間の差が生じにくいことがあり得ると認められる。本件においても、原審証人稲冨聡の証言(第二回)及びこれにより真正に成立したものと認められる甲第二八号証によれば、控訴人が行った試験(甲第二八号証)おいては、おがくず培地における種菌培養温度は、一七度であり、長野県野菜花き試験場の試験における二〇度(プラスマイナス一度)より低く、本培養(子実体の形成段階)の設定温度も、一八・五度から一九・五度であり、長野県野菜花き試験場の試験における一八度から二〇度より低めとしていることが認められ、この温度条件を採用することによって、M-五〇と夜間瀬一号及びTKとの間に栽培的特性、形態的特性の差が生じにくいことが認められる。また、原審証人中村公義の証言によれば、長野県野菜花き試験場の試験結果で前記のような差が生じたのは、培養段階において菌糸が高温障害等を受けていたためと理解することも可能であることが認められる。そうすると、その後の菌回りに要する期間、菌かきから原基形成までの期間、接種から収穫までの日数、収量等の差は菌糸の高温障害等に基づくものだと解することが可能である。

しかしながら、長野県野菜花き試験場の試験結果における温度条件が通常採用される温度条件の範囲内であることは控訴人も争うものではなく、また、高温障害等を受けやすいか否か等ある温度条件で生じた特性の差が両品種の同一性判断における一要素であることに変わりはなく、他の温度条件では差が生じないか否かと総合して、異品種か否かを判断すれば足りるものである。

(2)  控訴人は、長野県野菜花き試験場の生理的特性の試験結果は、五度刻みのもので一度刻みの試験をしていないから、方法として失当であり、その結果も信用性に欠ける旨主張するが、五度刻みの試験であっても、同一の温度条件の下で特性の違いが明らかになるかどうかが問題であり、一度刻みの試験でないことから、信用性に欠けることにはならない。

そして、原審証人北本豊の証言により真正に成立したものと認められる甲第五号証、前記乙第一号証の一(第一三頁ないし一六頁)、原審証人北本豊の証言及び原審証人稲冨聡の証言(第一回)によれば、寒天培地における菌糸の最適生長温度をカーブ・フィッティングの方法で求めると、夜間瀬一号がM-五〇よりも少なくとも摂氏二度高いこと、少なくとも二五度以上の菌糸生長の比較では、夜間瀬一号グループとM-五〇グループとの間に有意差があり、夜間瀬一号には高温に耐性を示す遺伝子構成が存在することがうかがわれることが認められる。

(3)  控訴人は、測定に使用された機器の違いによっても、二度程度の温度差は生じてしまう旨主張するが、本件においてそのようなことが生じたことを疑うべき事情は認められない。

「一ブロック一五本で三回繰返し」(甲第二号証審査基準二頁)の意味を同時に三ブロック行う意味か、時期を異にして三回行う意味かは、本件に現れた証拠のみではいずれとも決し難いが、同時に多数のビンを栽培室に入れたため温度条件の設定が困難であった等の事情は認められないし、別の機会に三回行った試験ではないためM-五〇グループと夜間瀬一号グループとの特性の違いを判断するに当たり、再現性がない等の事情も認められない。特に、温度条件等の設定の困難さがM-五〇グループと夜間瀬一号グループとに対し異なった温度条件、炭酸ガス濃度等をもたらしたと認めるに足りる証拠はない。

(4)  控訴人は、菌叢の濃淡差は、培養条件の差とも考えられる旨主張するが、甲第二四号証(森永力私信)自身、三〇度において濃淡差があることを認め、その他の温度では差がみられないこと以外に「培養条件により変わることが予想される」ことの根拠を挙げていないし、前記甲第五号証及び原審証人北本豊の証言によれば、「わずかな」とはいえ「遺伝的差異を内蔵している」こと及び有意差が認められる濃淡差があることが認められるから、控訴人の右主張は採用できない。

(5)  控訴人は、エステラーゼ・アイソザイム分析において、バンド染色の濃淡は、菌糸の培養日数、培地組成の違いにより後天的、環境的要因の影響を受けるため、判別の根拠としないことが学会の共通常識とされている旨主張する。仮にその点が控訴人主張のとおりであるとしても、長野県野菜花き試験場の試験結果が指摘する「高分子量側の一部のバンド位置に差が見られた」との点は依然として差として残るものと認められる。

(6)  控訴人は、M-五〇の品種特性は、種苗登録の際、提出した特性こそが基準とされるべきであり、M-五〇の品種登録簿(甲第一号証)によれば、寒天培地上の最適生長温度は二五℃とされている旨主張する。しかしながら、実験毎に厳密に同一の実験条件を再現することは困難であり、多少の温度条件等の差が存在すると認められるから(甲第四〇号証参照)、異なる時点で全く同一の実験条件で行われたとは認めることのできない種苗登録時の試験結果をそのまま採用することはできないといわなければならない。同一条件の下で実際に両品種につき試験をして行われた長野県野菜花き試験場の試験結果の方がより信用できるというべきである。したがって、この点の控訴人の主張は採用できない。

(7)  控訴人は、長野県野菜花き試験場は、既にM-五〇は夜間瀬一号とは別品種である旨の判定を下していたものであり、同試験場の試験結果は公正な立場からの試験とはいえない旨主張するが、そのことのみから同試験場の試験結果が直ちに信用できないものと解することはできないから、この点の控訴人の主張は採用できない。

(三)  成立に争いのない甲第二〇号証、原審証人中村公義の証言、原審証人斎藤孝の証言及び弁論の全趣旨によれば、実際の栽培においても、M-五〇は温度に敏感な品種であり、菌糸培養の温度管理において二度程度低く設定する必要があることが認められる。甲第一四、第一五及び第四七号証の記載の一部は、右に認定のより詳細な温度特性が認識される前の知見が記載されているものと認められ、これらの証拠からM-五〇と夜間瀬一号の実際の栽培における差はないと認定することはできないと認められる。

(四)  成立に争いのない乙第六号証の一ないし七、原本の存在及び成立につき争いのない乙第八ないし第一〇号証によれば、品種登録されたえのきたけの寒天培地上の菌糸の最適培養温度は、二二度ないし二五、六度の幅の中にあり、品種登録に際して、ホクトM-七〇については、M-五〇との区別の理由の一つとして、寒天培地上の菌糸の最適生長温度が低い点が挙げられ、ホクトM-八〇、大分きのこ研-二三〇一及び大分きのこ研-二三〇二についても、いずれもホクトM-七〇との区別の理由の一つとして、寒天培地上の菌糸の最適生長温度が高い点が挙げられていることが認められる。

(五)  以上のM-五〇と夜間瀬一号との相違点、特に少なくとも二度の温度特性の違いによれば、控訴人の主張する、M-五〇と夜間瀬一号とは純白系品種として同一であること、M-五〇と夜間瀬一号は基本的な栽培及び形態は同じであり、特に子実体であるきのこの段階では三者を外見上区別できないこと、M-五〇の自殖株の中から通常の方法で夜間瀬一号と同じ温度特性を有する菌株を選抜できること、自殖による場合交配型因子の構成が逆になる場合が二分の一の確率で生ずること等の事情、更にはエステラーゼ・アイソザイム分析においてバンド位置が一致することが仮に認められるとしても、現行種苗法の下では、夜間瀬一号はM-五〇(本件登録品種)との間で同一性を有すると認めることはできない。

右認定に反する控訴人の主張は採用できない。

2  TKについて

TKについては、控訴人は夜間瀬一号と同一であると主張するところ、夜間瀬一号とM-五〇との間で同一性を認めることができないことは前記1に説示したとおりであり、他にTKがM-五〇との間で同一性を有することを示す的確な証拠もないから、TKがM-五〇(本件登録品種)との間で同一性を有すると認めることはできない。

3  したがって、控訴人の種苗法一二条の五第一項一号に基づく請求は理由がない。

五  種苗法一二条の五第一項三号に基づく請求について

控訴人は、えのきたけにおいて登録品種の自殖交配により品種の育成が行われた場合には、その種菌を当該登録品種の品種登録者以外の者が栄養生殖によって増殖し有償譲渡等することは種苗法一二条の五第一項三号により禁止されると解すべきである旨主張する。

しかしながら、登録品種の植物体を育種素材として利用して別の品種を育成すること及び育成された別の品種を種苗として有償譲渡等することは、種苗法一二条の五第一項一号に該当せず、一般的には自由になし得るところ、種苗法一二条の五第一項三号は、その例外として、両親が純系の別々のものである場合には、両親の優性な特性が現れ兄弟間では特性が均一となること(雑種強勢)を利用して生産された一代雑種の種子、胞子の有償譲渡等に品種登録の効力が及ぶこととしたものであると認められる。そして、控訴人主張のえのきたけの自殖交配は、この雑種強勢を利用したものと認めることはできないから、それによって得られたものの有償譲渡等は種苗法一二条の五第一項三号の規定に当たらないといわなければならない。

また、成立に争いのない乙第一一号証の二及び弁論の全趣旨によれば、えのきたけにおいては、栄養生殖で種苗が取り扱われるものであることが認められ、控訴人主張の自殖交配によって得られた種子又は胞子をそのまま種苗として譲渡するものではないから、この点からも、種苗法一二条の五第一項三号の規定する要件を満たさないと解される。

右に反する控訴人の主張は採用できない。

したがって、控訴人の種苗法一二条の五第一項三号に基づく請求は、理由がない。

六  以上によれば、控訴人の請求はその余の点について判断するまでもなく理由がないからこれを棄却すべきところ、これと同旨の原判決は相当であるから本件控訴を棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法九五条本文、八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 伊藤博 裁判官 濱崎浩一 裁判官 市川正巳)

別紙(一)

目録(一)

一 夜間瀬一号と称する種菌

右種菌を培養繁殖させて得た植物体(えのきたけ)が、傘の形はまんじゅう形であり、色は白に近い淡黄白色であって、茎のねじれは少なく、茎の断面はほぼ円形で基部の着色は極めて少なく、茎の太さは三ミリメートル位で、株の開帳度は直立型であり、有効茎数が五〇〇本前後という特徴を持つもの。

別紙(二)

目録(二)

一 TKと称する種菌

右種菌を培養繁殖させて得た植物体(えのきたけ)が、傘の形はまんじゅう形であり、色は白に近い淡黄白色であって、茎のねじれは少なく、茎の断面はほぼ円形で基部の着色は極めて少なく、茎の太さは三ミリメートル位で、株の開帳度は直立型であり、有効茎数が五〇〇本前後という特性を持つもの。

別紙(三)

目録(三)

(1)  栽培許諾料相当額 一億〇九九七万五五六〇円

山ノ内町農業協同組合及びこれに吸収される以前の山ノ内町菌茸類種苗生産組合が平成元年から平成二年までの二年間に業として有償譲渡した夜間瀬一号及びTKの種菌の総量は、八〇〇ミリリットル入りの瓶にして一八三万二九二六本を下らない。右種菌瓶一本から栽培瓶四〇本以上のえのきたけが栽培されるが、原告が本件登録品種に係るえのきたけの栽培を生産業者に許諾する場合の許諾料は栽培瓶一本当たり一円五〇銭を下らない。したがって、原告は、一億〇九九七万五五六〇円を下らない栽培許諾料相当額の損害を受けた。

(2)  弁護士費用 一〇〇〇万円

原告は、弁護士に依頼して本訴訟を提起せざるを得なかったものであり、これによる弁護士費用としては一〇〇〇万円が相当である。

別紙(四)

(1)  登録番号 第一七八九号

(2)  登録年月日 昭和六三年一一月五日

(3)  出願年月日 昭和六一年一一月二〇日

(4)  公示年月日 昭和六三年一一月五日

(農林水産省告示第一七九四号)

(5)  農林水産植物の種類 えのきたけ

(6)  登録品種の名称 ホクトM-五〇

(7)  固定品種又は交雑品種の別 固定品種

(8)  有効期間 一五年

(9)  育成をした者の氏名 仲俣正人、中山郁子

別紙(五)

(一) 生理的特性

(1)  菌糸の生長に関する温度特性

ア 寒天培地上の最適生長温度 摂氏二五度

イ 生長速度 摂氏一〇度において 一・六ミリメートル

摂氏一五度において 二・四ミリメートル

摂氏二〇度において 四・〇ミリメートル

摂氏二五度において 四・五ミリメートル

摂氏三〇度において 三・七ミリメートル

摂氏三五度において 〇・二ミリメートル

(2)  菌叢表面の色 かなり淡い

(3)  菌叢裏面の色 淡い

(二) 栽培的特性

(1)  菌床の性状

アメ状物質 少ない

(2)  種菌接種から子実体発生までの期間

ア 菌かきから原基形成までの期間 八日

イ 原基形成から収穫までの期間 二〇ないし二二日

(3)  子実体の発生型

ア 発生型 茎数型

イ 株の開帳度 直立型

ウ 有効茎数 四〇一ないし六〇〇本

エ その他の発生型 菌傘の開く時期が遅い

(4)  収量 一三一ないし一四〇グラム

(三) 形態的特性

(1)  菌傘断面の形態

鋸屑培地による瓶栽培の場合 まんじゅう形

(2)  菌傘の色

鋸屑培地による瓶栽培の場合 淡黄白色

(3)  菌柄の形

ア ねじれの程度 少ない

イ 断面の形 正円

(4)  菌柄の基部の色の程度 極めて少ない

(5)  菌柄の太さ 三ミリメートル

(6)  菌柄の分岐 多い

(7)  菌柄の接着程度 多い

(8)  その他の形態 子実体形成後、光照射下(五〇〇ルクス、六日、一日当たり一二時間)で生育させても着色しない

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